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祇園祭 橋弁慶山の前懸が完成しました 祭礼幕の復元新調

祇園祭 橋弁慶山の前懸が完成しました 祭礼幕の復元新調

京都の夏の風物詩、祇園祭。毎年7月1日から1カ月間にわたってさまざまな祭事が行われ、7月の京都はまさに祇園祭一色となります。中でも、祇園祭のハイライトの一つが前祭・後祭での山鉾巡行。懸装品(けそうひん)や御神体人形、金工品などで豪華絢爛に飾られた山鉾が祇園囃子を奏でながら、都大路を練り歩きます。今年、山鉾の一つ「橋弁慶山」の前懸が復元新調され、当社が制作を担当しました。その舞台裏には、技術者たちの数々の挑戦がありました。

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橋弁慶山とは

祇園祭とは

日本三大祭りのひとつで、八坂神社の祭礼である「祇園祭」。その歴史は平安時代まで遡ります。864(貞観11)年、全国的に疫病が流行した際、疫病退散を祈願して執り行われた「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」が起源とされています。その後、平安時代末期にかけて祭りは賑やかになり、やがて室町時代には現在のような豪華絢爛に飾られた「山」と「鉾」が出現しました。応仁の乱や幕末の蛤御門の変などで甚大な被害を受け、中断を余儀なくされたものの、その都度、町衆の熱意と努力により復興され、歴史ある伝統が受け継がれています。

「山」や「鉾」とは

「山」には大きく曳山(ひきやま)、舁山(かきやま)の2種類あります。 曳山は、山の中でも見た目は鉾と同じで屋根の上に真松が立てられたものをいいます。 一方、 舁山は、屋根のない舞台に真松(しんまつ)や御神体人形などを飾り、舞台の四方を、装飾品で飾ったものを指します。また、「鉾」は、車の台の上に作り物をし、その上に刀や月などといった鉾頭がついています。

山鉾に飾られる装飾を「懸装品」と呼びます。懸装品の中の染物や織物には、西陣織をはじめ、 中国やベルギーから伝わったものなどがあり、重要文化財に指定されているものも多くあります。また、京都の絵師が手掛けた作品もあり、その豪華絢爛な美しさにより、山鉾巡行は”動く美術館”と呼ばれています。

橋弁慶山の魅力

後祭 山鉾巡行の様子

祇園祭の大きな見どころである「山鉾巡行」。前祭(さきまつり)巡行、後祭(あとまつり)巡行に分かれ、それぞれ17日と24日に行われます。橋弁慶山は、後祭巡行を行う山鉾のなかで、慣例で巡行の順番が決まっている「くじ取らず」の舁山で、巡行の先頭を進みます。

橋弁慶山は、数ある源義経の物語の中で謡曲「橋弁慶」が題材の舁山です。御神体は、牛若丸と弁慶。鎧姿で大長刀をかまえる弁慶と橋の欄干の擬宝珠(ぎぼし)の上に足駄で立ち、右手に太刀を持った牛若丸が五条大橋の上で戦う様子を表しています。牛若丸と弁慶のご神体が対峙する五条大橋は、黒漆塗反り橋で、美しい橋板の艶が魅力です。また欄縁の金具は「波に千鳥」を表しています。

橋弁慶山の染織品の懸装品は、水引、前懸、後懸、胴懸があります。前懸は明治期まで「藍地波濤に飛龍文様(あいじはとうにひりゅうもんよう)綴織」が用いられていましたが、1983(昭和58)年に新しく富岡鉄斎原画 「椿石霊鳥図(ちんせきれいちょうず) 綴錦」が掛けられています。また、水引「唐子嬉遊図(からこきゆうず) 綴織」・二番水引「花鳥丸文様 綴織」(2012年・2013年新調/制作 川島織物セルコン)、円山応挙の下絵と伝わる胴懸「加茂葵祭行列図 綴織」(2007~2010年新調/制作 川島織物セルコン)も飾られています。

左)胴懸 「加茂葵祭行列図」綴織 左面
右)胴懸 「加茂葵祭行列図」綴織 右面
上)水引 「唐子嬉遊図」綴織 ・二番水引「花鳥丸文様」刺繍 左面
下)水引 「唐子嬉遊図」綴織 ・二番水引「花鳥丸文様」刺繍 右面

今年の見どころ!復元新調された懸装品

橋弁慶山の懸装品のなかで、今年特に注目いただきたいのが復元新調された前懸「藍地波濤に飛龍文様 綴織」。中国・清朝(18世紀前半頃)の官服である綴織の龍袍(りゅうほう)を前懸に仕立て直したものと考えられています。経年による破損が激しいため、2019年4月より約5年かけて復元新調され、当社が制作を担当しました。復元新調された前懸は、2024年5月24日に京都市京セラ美術館でお披露目されました。今年の山鉾巡行で橋弁慶山に掛けられます。

記者の取材に答えられる長谷幹雄氏(橋弁慶山保存会理事長)

橋弁慶山 前懸ができるまで

復元新調は長い道のり

復元新調は、元幕を詳細に調査するところから始めました。橋弁慶山保存会様をはじめ関係各位のご指導のもと調査し、復元方法が決定すると、原画・下絵の制作、染色、製織、加工といった手順で進めていきました。橋弁慶山の前懸「藍地波濤に飛龍文様 綴織」は、傷みが激しく図柄が定かでないため、復元新調の方向性の決定に時間を要しました。また、当社で生産する多くの綴織の帯の織組織に比べて2倍以上も細密な超絶技巧の織り技術が求められ、さまざまな困難がありました。

大部分が破損した状態…残された資料から先人が遺したかった織物を探る

私たちは、まず清朝時代に制作された元幕を拝見しました。藍色地に波濤と飛龍の図柄が描かれ、瑞雲やコウモリなどが生き生きと表現された、魅力的な織物でした。

橋弁慶山前懸 元幕

橋弁慶山の前懸の元幕は、1着の官服の裂地を繋ぎ合わせて、前懸の大部分が仕立てられているように見えますが、よく見ると官服の裂地だけでなく、官服の裂地とほとんど同じに見える繊細な綴織の裂地が配置されています。また、似た色の着物の生地に無地の雲やコウモリがアップリケされていました。図柄は、左右対称になっており、中央正面向きの龍の胴部分の鱗文様までもが反転していました。

前懸に仕立て直した際の裂地の配置
1~6は官服の前身頃または後見頃部分、A~Gは官服に酷似した裂地を継いでいる部分と考えられる

しかし、退色、ゆがみ、破損など長い年月を経た劣化が大部分に見られました。元の官服が残っている部分も少なく、左右反転の図柄とは言うものの、裂地のゆがみや傾きも多く見られました。また、左右ともに図柄のない箇所もあり、全面の図柄を再構成する必要があったため、原画・下絵の完成までに想定をはるかに超えた時間を要しました。

左)破損部分は広範囲に及んだ(赤マーキング箇所)
中)破損により図柄が定かでない状態
右) アップリケや刺繍も散見

この前懸は、特別な慶事で着用された官服が時を経て、橋弁慶山に辿り着き、前懸に仕立て直されたものであることも大きな魅力です。官服の痕跡を残すべきか、無くすべきか、残すならばどの程度残すのかも技術者たちを悩ませる課題でした。私たちに託された貴重な織物を後世に”先人たちの技術に恥じないかたち”で引き継ぐため、4つの仕様を提案し、検討を重ね、「官服の痕跡を残しつつ、祭礼幕としてふさわしい図柄に再構成する」仕様に決定しました。当社の下絵・原画担当者は「先人たちが遺した織物の魅力を最大限に活かすことも復元新調の醍醐味。官服の痕跡を残すか無くすか悩みましたが、この前懸は、もともと官服であったことも魅力のひとつですので、保存会の皆さんとご相談し、痕跡を一部残すかたちでの復元新調を行いました」と話しました。

復元新調の仕様を検討

復元新調の方向性が決まると、技術者たちは、元幕の破損が比較的少ない部分の糸の色や織り、制作からの経過年数などを勘案して、色を特定していきました。通常、織物の裏面は表面に比べて変退色が少なく、元の色が判断しやすいのですが、この前懸は2012(平成24)年に表装技法で修理・額装されたため、裏面から調査を行うことができず、調査は難航しました。調査の結果、約60色の色を使用した鮮やかな原画となりました。

完成原画と試織
完成織下絵

繰り返された試作 祭礼幕にふさわしい復元新調を目指して

原画・下絵の制作と並行して、色と織りの確認を行いました。まず、元幕を調査して想定した色に糸を染め、織り上がりの色の確認を行いました。そして、本製織に備え、前懸の図柄の要所を選び、織り表現や製織上の問題点なども検討しながら、試し織りを行いました。

左)元幕を調査して想定した色に染めた糸
中)織り上がりの色を確認するための試織
右) 本製織に備え、前懸の図柄の要所を選定し、試作した

最細のタテ糸?!細かすぎる織物への挑戦

原画・下絵の制作、試作を経て、色糸の染色の準備が整うといよいよ本製織です。この工程が、今回の復元新調における山場でした。その理由は、”糸の細さ”です。現在、当社で生産する綴織の帯の多くは、1寸間(約3.03cm)の幅にタテ糸が約40本ですが、橋弁慶山の前懸は、1寸間(約3.03cm)にタテ糸85本という “類例のない細かな綴織” で制作しました。今回の前懸の内寸は、幅1,230mm×高さ1,154mmあるため、タテ糸の数は約3,450本。約2年半の製織期間中、タテ糸にはテンションがかかり続けるため、タテ糸が細く、多いほど負荷がかかり、熟練した技術者であっても糸の扱いが難しくなります。

タテ糸

綴織は、織りの組織としては、タテ糸とヨコ糸が1本ずつ交互に交わる、平織(ひらおり)に含まれますが、一般的な平織ではタテ糸とヨコ糸が両方見えるのに対し、綴織はほとんどヨコ糸しか見えない独特の表情をしています。タテ糸を強く張って、タテ糸を包み込むようにしてヨコ糸を織り込むため、タテ糸の本数の2~3倍前後もの越数のヨコ糸を織り込むことになります。

また、帯や袱紗などの綴織物を製織する場合、爪をノコギリのようにギザギザに研ぎ、下絵の図柄通りに、1本1本ヨコ糸をかき寄せて織り上げていきます。今回は、当社で生産する多くの綴織の帯に比べて2倍以上の織組織の細かさのため、数ミリごとにヨコ糸を往復させなければならず、根気が必要な製織となりました。また爪だけでなく、龍の鱗文様など金糸を織り込む箇所は、針を巧みに操りながら、織っていきました。製織担当者は「祭礼幕の復元新調には、30年近く携わっていますが、今回の前懸は類例のない細かさでした。30カ月にわたって、非常に細いタテ糸を張り続けたため、対策や工夫をしながら、緊張感のある製織になりました。非常に緻密な柄でしたので、1日で2mm、2週間で2cm、ひと月で4cmを目標に、橋弁慶山保存会様の宝物の新調に携われることに誇りを感じながら、織り進めました」とその苦労とやりがいを話しました。

左)針を用いてヨコ糸を織り込む様子
右)タテ糸の下に置いた織下絵の図柄通りに指定された番号のヨコ糸を織り込む

さらに、左右の裂地の織り表現が揃うようにするための工夫がありました。今回の製織担当は、2名1組のペアで行われました。今回の復元新調では、元幕が中央部で継がれていることや、タテ糸の上げ下げの回数を減らすことで、タテ糸への負担を軽減することなどから前懸を中央より左右に分け、2人の技術者がそれぞれの織機で織り、最後に繋ぎ合わせるという手法を採用しました。そのため、2枚の裂地の織り寸法をきっちりと合わせつつ、左右の裂地の織り表現を揃える必要がありました。この課題を解決すべく、70cm幅の2台の織機を横に並べて互いの織り表現を確認できるようにし、また2週間ごとに織機を交代して行いました。「何十年も経験を積んできた技術者であっても、技術者の個性として微妙な”癖”があります。一見分からないほどなのですが、その細部にこだわるのが当社の強み。ペアの製織担当者と2週間ごとに織機を交代しながら、互いの製織状況を確認して、二人三脚で織っていきました」と製織担当者は話しました。細部まで気を遣いながら織ったことで、一見2枚の裂地を繋ぎ合わせたことが分からないほど、左右の裂地の織り表現に統一感が生まれました。

2台の織機を並べて互いの製織状況を確認しながら織り進めた
左)前懸で最も繊細な燈籠部分。燈籠の光に集まる虫の触覚や脚は、細い糸で流し織という技法などを用いて表現
右) 中央上部の五爪龍、ぴったりと図柄が合っている

細密な織物を美しく織る技術力と、気の遠くなるほどの月日を織り続ける忍耐力が求められ、製織期間は約2年半(約30カ月)を要した今回の製織。無事に製織を終えてもまだ気を緩められません。タテ糸を切断し、規格通りに織れているか、美しく織れているか、入念に点検をしました。そして、点検が済むといよいよ加工の工程。2枚の裂地を縫い合わせ、織り上がりの検収を受け、周囲に緋羅紗(ひらしゃ)の縁裂(ふちぎれ)などを縫製して、保存会の皆さんに出来栄えをご確認いただき、復元新調はゴールを迎えました。

左)織り上がり後、タテ糸を切断する様子
右)織り上がり後の点検の様子
仕立て上がり後、保存会の皆さんに出来栄えを確認いただく様子

橋弁慶山保存会 長谷理事長より

長谷幹雄氏(橋弁慶山保存会理事長)

約5年かけて、大変な織物を織り上げていただきました。「藍地波濤に雲龍文様 綴織」は、明治期まで使用された前懸で、現在の町衆には全く往時を知るすべもない幻に近い存在でした。経年による劣化が非常に激しかったので、復元新調には苦労をおかけしました。こんなに手間と時間のかかる復元新調は珍しいと聞き、本当にありがたく思います。完成した新幕は、まるで絵画のようで、とても綴織とは思えぬほどの繊細で、素晴らしい出来栄えと思います。

1983(昭和58)年以降、前懸には富岡鉄斎原画「椿石霊鳥図 綴錦」が掛けられていましたので、今の保存会のメンバーは、「藍地波濤に飛龍文様 綴織」が山に掛かった様子を、当時の写真家が撮影した写真でしか見られませんでした。この度、復元新調が叶い、明治期以降、約150年以上ぶりに山に掛けられることに喜びを感じます。

近年、水引「唐子嬉遊図 綴織」・二番水引「花鳥丸文様 綴織」、円山応挙の下絵と伝わる胴懸「加茂葵祭行列図 綴織」を復元新調し、今年で8面すべてが揃います。先人たちから引き継いだ貴重な品々を、ぜひ国内外の多くの方にご覧いただきたいです。

新調幕

今年の祇園祭は、国内だけでなく海外から多くの方が訪れ、一層賑やかな祭りになりそうです。復元新調された前懸が掛かった橋弁慶山が京の街を練り歩く姿を当社も楽しみにしています。ご旅行や観光で祇園祭にお越しの際には、ぜひご注目ください。

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